最短ルートを完走できず、結果も残せないわたしは、
仕事において、いつも「頑張っているね」という姿勢だけで
評価されることが多かった。
それは、決して悪いことじゃないのは分かっている。
ちゃんと見てくれる人がいるということだし、
救われた瞬間も、確かにあった。
でも同時に、
「頑張っている私」でい続けなければいけないような、
妙なプレッシャーも背負うようになった。
結果が出せないんだから、
せめて姿勢だけは崩してはいけない。
弱音を吐かず、手を抜かず、
いつも必死でいる自分でいなければならない。
働きながら子育てをしてから、そのしんどさは増した。
家事も育児も仕事も、
どれも中途半端で、
どれも「完走」とは言えない。
それでも止まれなかったのは、
育児や家事には、評価も賞賛も、終わりもないから。
終わりのない役割の中で、止まれなかった理由
でもある日、ふと気づいた。
このまま「頑張っている私」を続けていたら、
いつか、自分の首を絞める。
そして、気づかないうちに、
周りの人の首まで締めてしまうかもしれない、と。
正直、壊れるまで頑張った、とは全然言えない。
そこまで真面目でもないし、ほどほどに休んでいたつもりだった。
でも、気づいたら心は病んでいた。
声を上げるほどでもない不調。
でも確実に、毎日をすり減らしていく感じ。
泣くほどじゃないのに、ダラダラと走り続けて
ずっと息が浅いような日々だった。
頑張ること自体が悪いわけじゃない。
でも、止まれない頑張りは、
少しずつ生活を歪ませていく。
